続3Dプリンタのススメ
昨年、新型コロナの流行による非常事態宣言で巣ごもりを余儀なくされた時、ちょうど手ごろな価格で手に入るようになった光造形3Dプリンタを購入した。それからおよそ1年、奇しくも再び非常事態宣言によってまたしても巣ごもりする羽目になったタイミングで、今度は熱溶融積層(FDM)方式の3Dプリンタを追加することにした。というのも、光造形3Dプリンタを1年運用してそれを使いこなすノウハウが十分蓄積できた一方で、やはり光造形3Dプリンタにも得手不得手があり、不得手な部分を補うには別方式の3Dプリンタを併用するのが一番いいのではないかという結論に達したからだ。ここらで一般的なFDM方式のノウハウを蓄積しておくのも面白そうだというのが本音だが、表向きにはFDM方式の方が得意なことはFDM方式でやった方がクオリティが高い造形物が作れるよね、ということにしておく。
さて、光造形方式に併せてFDM方式も追加することにしたのは、なにも光造形方式に飽きたとか、もう嫌だとかいうわけじゃない。とはいえ、FDM方式導入に踏み切らせたのにはやはり光造形方式だけでやろうとしても難しいことがいろいろ見えてきたからだ。そこで、まず光造形方式ではどうしても苦労する部分について明らかにしていこう。
まず第一に、やはり光造形方式の大変な点は造形後の後処理工程の多さであろう。液体のレジンをUVで一部硬化させて積層するという仕組みである以上、造形物には大量の未硬化のレジンとそのレジンを溶かしている溶媒が付着している。そのため、造形終了後には造形物を徹底的に洗浄する必要がある。そして、洗浄後には次の工程に進む前に造形物の乾燥を待たなければならない。自分は洗浄にイソプロパノールを用いて大量の廃液に苦しみたくないので水洗いレジンを使っている。そのため、洗浄そのものは水道水でじゃぶじゃぶ洗うだけで済むのだが、その後の乾燥はどうしても一晩放置する必要がある。そして、乾燥した後には積層された層同士を強固に結合させるために二次硬化と呼ばれる追加でUVをまんべんなく当てるという工程が必要になる。専用のチャンバーを購入すれば10分ほどで終わる工程ではあるが、どうせ一晩乾燥のために放置するので、翌日に太陽光に30分ほど当てることで無料で二次硬化をさせるようにしている。このような後処理工程が必要なのでどうしても造形物が実際に利用出来るのは造形した翌日になってしまう。
次に問題になるのは造形物の大きさだ。光造形はUVを透過するLCDパネルのサイズによって造形できる最大サイズが決まってしまう。一般的な安価なプリンタではだいたい7cm x 11cmといったところだ。当初はこれだけのサイズがあれば十分なものが作れるだろうし、もしそれよりも大きなものが必要であれば部品を分割して後でネジ止め等で結合すればよいと思っていたのだが、実際に運用してみるとこれがなかなか厳しい制限だ。3D CADでデザインした後にどう向きを変えても造形範囲にうまく収まらなかった時の絶望感たるや筆舌に尽くしがたい。一度設計したものを改めて分割して後から結合できるように設計しなおす手間は計り知れない。また、ネットでさまざまなモデルをダウンロードできるにも関わらず、ほとんどのモデルが造形エリアの制限で利用出来ないというのはこれまた歯がゆいものだ。
そして、最大の問題が、UVレジンの材質としての制限だ。水洗いレジンで造形したものはどうしても機械的強度を求めることができず、衝撃がかかったり強い力で変形させられると簡単に割れてしまう。そのため、力がかからないような用途にしか利用することができない。また、耐候性のなさも問題だ。レジンの性質上、積層した層の隙間に湿気が入ると劣化して壊れやすくなってしまう。また、UVを吸収しやすい材質なのでずっとUVが当たる環境でも劣化が進んでしまう。そのため、屋外で利用する造形物についてはUVカットクリアコートで丁寧にスプレーして層の隙間をコーティングして塞ぐとともにUVがレジンに届かないようにカットする必要がある。また、造形後のレジンの収縮も時に致命的になる。レジンを積層している性質上、乾燥後に層に沿った方向へ収縮しようとする力が働く。そのため、薄い板状の構造などでは顕著に乾燥後に反ってしまう。なので、せっかく寸法精度が高いにも関わらず、造形モデルの形状次第では全く正しい形に作れないこともある。
それではこれらの欠点はFDM方式で克服できるのだろうか。これはある意味イエスであり、ある意味ノーである。FDM方式にはFDM方式なりの得手不得手があるからだ。しかし、それでもFDM方式はこれらの問題点についてはある程度解決してくれていることは間違いない。
FDM方式で造形したものは、少なくとも室温まで温度が下がれば溶融したプラスティックが完全に硬化するのでそれ以上の後処理は必要ない。だから、造形した物をビルドプレートから剥がせばそれで造形は完了だ。FDM方式にも後で触れる様に必ずしも後処理が必要ないわけではないが、それでも洗浄・乾燥・二次硬化・UVクリアコートという一晩から場合によっては二晩かかる光造形の後処理の手間に比べれば、はるかに短い時間で造形物が実際に利用出来る状態で手に入る。すぐに利用したいものを出力したい場合には圧倒的なスピード感である。(感がついているのには理由があるが)
次に造形サイズは光造形に比べて十分に大きい。一般的なRepRapクローンといわれるFDM方式3Dプリンタはだいたい20cm立法ぐらいの造形エリアをもっている。これなら光造形では造形エリアに収まらないようなモデルでも、相当でかいものを出力したいのでない限り十分に造形することができる。しかも安価かつ簡便に利用出来るPLA樹脂はジクロロメタンが主成分のアクリル用接着剤を隙間にたらせばあっというまに接着出来るので、もし複数の部品に分割した場合にもしっかりと接着することができる。これならよっぽどの事がない限り造形物のサイズで困ることはないだろう。
そして、最後に材質として使いやすい。もちろん強度を求めるならABS樹脂を使うべきであるが、ABS樹脂は高温で造形する必要があるため、一般的にはもっと低温で簡単に造形できるPLA樹脂を使うことが多い。ABSに比べて靭性に劣るといわれるPLA樹脂であるが、それでも光造形で用いるUVレジンに比べればはるかに強度は高い。靭性が足りないのであれば、要はたわまないように形状を設計すればいいのだ。ソリッドなブロック状に造形するか、補強用のリブを加えておけば、かなりの強度を発揮する。しかも一度溶融して再硬化した樹脂は十分に耐候性を発揮する。特に後処理をしなくても屋外で利用することも可能だ。用途に合わせた後処理を考えなくていいのはありがたい。また、PLA樹脂は造形後の収縮も小さいので板状や棒状の構造でも変形することなく造形することができることも大きな利点だろう。
と、光造形の欠点をことごとく解消したように見えるFDM方式だが、残念ながらFDM方式にもまた欠点はある。
一番の問題は、材料の管理に神経を使うことだ。FDM方式の材料として使われる樹脂のフィラメントは湿気に弱い。湿気を吸ってしまうと途端に造形がうまくいかなくなる。フィラメント内に取り込まれた水分が熱で溶融させる時にノズルの中で気化してしまうからだ。そのため、フィラメントをどうやって吸湿させないように保管するかを考えておかなければならない。実際、フィラメントを密閉したボックスにシリカゲルと一緒に入れ、小さく開けた穴からフィラメントを引っ張り出してプリンタに供給するなんてことが一般的だ。実際、我が家の3Dプリンタも購入して最初に作ったのがこのようなフィラメント保管ボックスだ。湿気対策を怠れば造形に影響が出てくる以上、常にフィラメントの乾燥状態を維持しなければならないのは、FDM方式の一番手間がかかるところだ。とはいえ、使うフィラメントの数だけ防湿ボックスを自作すれば後はシリカゲルを定期的に交換するだけだし、万が一吸湿してしまった場合もフィラメントを乾燥させる乾燥機も売っているので、それほど心配することではない。
次に、材料の性質に造形が大きく左右されることも問題だ。光造形の場合、検討が必要なパラメーターとしては露光時間だけだ。それもメーカー推奨のレジンを使っている限り、メーカーから指定された露光時間で造形すればほぼ失敗することはない。ところがFDM方式の場合、これが圧倒的なまでにたくさんの調整可能なパラメーターが存在する。そして、材料を変える度に、これらのパラメーターは材料に性質に合わせて適宜調整する必要がある。さらに、造形物の形状などによってもこれらのパラメーターを再調整しないときれいに出力できなかったりする。なので、プリンタの能力や材料の性質、造形したいモデルの形状に合わせたセッティングなどを熟知してそれに合わせた微調整がどれだけできるかが最終的な造形のきれいさに繋がる以上、蓄積しなければならないノウハウは圧倒的にFDM方式の方が多い。このトライ&エラーを許容出来る忍耐力が必要だ。また、材料の性質や、出力の条件によって最終的な造形物の寸法精度が大きく変わってしまうのも問題だ。そもそもノズルの穴のサイズで精度に限界があるFDM方式はLCDパネルの画素サイズで決まる光造形よりも寸法精度が低いが、それに加えてセッティングによっても寸法精度が左右されるので、正確なサイズで出力するのはかなり難しいと考えておいた方がいいだろう。最終的にはやすりで削って寸法を合わせることを前提に出力した方が手っ取り早いということもある。
そして、最大の問題が造形サイズだ。光造形の場合、造形に必要な時間はほぼ高さのパラメーターで決定される。どれだけ複雑な形状であろうとも、高さが同じ限り同じ時間で造形される。これは光造形が面を積層する方式だからだ。ところがFDM方式ではノズルから糸状に吐き出されるプラスティックで造形物を構成していく。つまり線を繋げていくことで造形される。だから複雑な形状になればなるほど造形に時間がかかる。ちょっと大きなものを作るとあっというまに10時間とか20時間とか時間がかかってしまう。光造形であれば造形ボリュームいっぱいの造形物でも半日程度で造形出来るが、FDM方式で造形ボリュームいっぱいの造形物を造ろうとしたものなら、それこそ3日ぐらいずっと運転しっぱなしにする必要がある。夜間に動かせないような環境ではこれは致命的だ。
そして、FDM方式の後処理にはFDM方式ならではの難しさもある。それはサポートの除去の難しさだ。FDM方式で作ったサポートも造形物本体と全く同じ硬い樹脂でできているので、これをきれいに引きはがすのはかなり難しい。大きなオーバーハング面をサポートで支えた場合はそれでもなんとか外せるが、問題はネジ穴のような小さな穴である。このような穴の中に形成されたサポートをきれいに除去するのは至難の業だ。結果、モデルを設計する時からどう設計すればサポートを除去しやすいかを考えて設計しなければ造形後に悲劇が待つことになる。
結局、光造形とFDM方式、どちらも一長一短、得手不得手があるということだ。だから、おそらく我が家ではこのような使い分けになるだろう。
寸法精度が必要なもの、比較的小さいサイズのもの、機械的な強度が必要とされないものは光造形方式。
サイズが大きいもの、機械的な負荷がかかるもの、耐候性が必要なもの、造形後にすぐに使用したいものはFDM方式。
とはいえ、FDM方式はまだまだ使い始めたばかり。ノウハウを十分に蓄積した光造形と違って、これからノウハウを蓄積すればまだまだ可能性は拡がるだろう。使いこなすのが難しい分だけ、うまく使えた時の楽しみは大きいはずである。