雑念書き殴り

時々考え込んだことを無駄にしないために書き留めておく

水洗いレジンで3Dプリンタのススメ

新型コロナの巣ごもり要請によって、3月末から5月末まで外出自粛を余儀なくされた。どうせ出かけられないのなら何か新しいことでも始めようと思ってたちょうどいいタイミングで前から欲しかった光造形3DプリンタがようやくAmazonに入荷されたので、自宅に3Dプリンタを導入することにした。これまでずっと躊躇してきたのは自宅で3Dプリンタを運用するといろいろと大変だろうという懸念があったのだが、ここ1,2年の3Dプリンタの進化でなんとかなりそうな感じになってきたのが最大の理由。しかし、運用し始めるといろいろとトラブルもあり、予想通りなかなか大変だったのだがそれもほぼほぼ克服することが出来たのでそのノウハウを書き残しておこうと思う。

 

まずは光造形3Dプリンタを選んだ理由。一般的には入門として最初に買う3Dプリンタには熱溶融積層(FDM)方式のものが主流だと思うのだが、知人にはFDM方式を勧めつつも自分では光造形を選んだ理由は、やはり騒音だ。FDM方式は基本的にXYZの3軸に移動出来るプリントヘッドとステージによって3次元的に好きな位置に熱で溶かしたプラスチックを置くことになる。当然モーターが3軸あってしかもそれが微細な制御でいったりきたりするわけだからモーターの稼働音や振動は馬鹿にならない。しかもFDM方式は造形物の体積が増えれば増えるほど造形時間も長くなり、ちょっとした造形でも徹夜で動かし続けないといけないということもままあるようだ。自宅内で夜通しモーター駆動による振動が階下に伝わり続けるとさすがに苦情も出るに違いない。しかし、最近のLCD方式光造形の場合は、積層する平面を一度に紫外線照射して形成するので、モーターとして駆動するのは造形ステージを上下させる1軸の駆動のみだ。それもゆっくりと上下させるだけなのでFDM方式のようにモーターが小刻みに反転することによる振動もほとんど起きない。さらに、光造形は造形時間が造形物の高さだけに依存する。最近の光造形3Dプリンタだと1cmあたりだいたい1時間程度なので、よっぽど大きなものでないかぎり数時間で造形が完了する。これなら昼間の時間だけでも十分に造形が終了するので安眠が妨げられることもない。

 

そして、もう一つ光造形3Dプリンタの導入に踏み切らせたものが、安価な水洗いレジンの登場だ。例えばELEGOO社の水洗いレジンだとAmazonで1kgが5000円で購入出来る。ちょっとした部品を光造形するのにかかるコストは100円程度だ。しかし、水洗いレジンの最大の利点は、アルコール洗浄による大量の廃液が生じないことだろう。これまでの光造形3Dプリンタで使う紫外線で硬化する樹脂は水に溶けないので、未硬化の樹脂を洗い落とすためにはイソプロピルアルコール(IPA)を使うのが基本だった。IPAそのものはそれほど高いものではないのだが、それでも造形物をきれいにするためには何度もIPAで洗う必要があるため、洗浄廃液がどんどん蓄積することになる。元化学系の大学を卒業した身としては、これの廃棄にはやはり気を遣うし、同時に洗浄のために可燃性のIPAを自宅内に大量にストックしておくのは防火の意味でもあまりうれしくない。しかし、水洗いレジンの場合にはいつでも水道からきれいな洗浄液が出てくるし、廃液を太陽光にさらして未硬化なレジンを完全に硬化させれば上澄みの水は安全に下水に流すことが出来る。洗浄液も廃液もどちらも溜め込む必要がないというのがなによりうれしい。

 

というわけでELEGOO MARS PROというLCD方式の光造形3DプリンタとELEGOO社純正の水洗いレジンを購入して、ちょっとしたものは3D CADで設計して3Dプリンタで印刷するという生活が始まった。いろいろと試行錯誤した上でようやく造形開始から後片づけまでの一通りのノウハウを確立した。造形をうまくやるためのノウハウはYouTube等で様々公開されているが、それ以外の意外と重要な後片づけなどのノウハウはなかなかないので、せっかくの機会だから一通り参考になるように書いておこうと思う。

 

事前準備として低アレルゲンながらも人体にも機械にもあまりいい影響がないレジンが不用意に拡散しないようにしている策を紹介する。まず、3Dプリンタ本体は27cm角の正方形のステンレス製の盆を購入して、その中に設置してある。これで万が一レジン漏れを起こしたとしても盆の中にレジンが溜まるので心配がない。また、造形ステージを取り外している時など、不用意にレジンが垂れることがあり、そんな時もステンレスの盆の中に垂れれば簡単に拭きとれるので助かっている。レジン漏れでもう一つ怖いのが漏れたレジンがLCDパネルの周囲から機械内部に入り込むことだが、これについてはマスキングテープで事前に塞いでおくという方法を取っている。マスキングテープの厚みによる影響が心配だが、造形ステージのZ軸ゼロ点補正をマスキングテープを貼った状態でやっているので、今のところ全く影響は見られていない。そして、3Dプリンタのそばには常に洗面器を用意しておき、造形後のステージを持って移動する時などは必ず洗面器で受けた状態で運ぶようにしている。油断した時に限ってレジンが垂れるので、常に油断しないでいることが大事。

 

ここからは造形を通した一連の手順で注意した方がいいことを書いておく。

 

造形の開始時は、造形ステージとレジンタンクが正しい位置にきっちりと固定されていることを確認し、USBメモリーから印刷データを読み込ませたら、後は造形に必要な量よりも余分にレジンをタンクに注ぐだけだ。データをスライサーで作成した時に造形に必要なレジンの重量が表示されるので、心配な時はレジンタンクを電子秤の上に載せた状態でレジンをタンクに注ぎ、必要な重量に最低でも+50g程度入れておくことにしている。空のレジンタンクの重量を事前に測っておいてメモしておくと、レジンの量が足りるか心配になった時にレジンごとタンクの総重量を測ることで引き算すればタンク内のレジン量を確認出来るのでオススメ。ELEGOO MARS PROのレジンタンクは546gだ。ここで大事なことはレジンを注ぎ終わったら、必ずレジンボトルの口周りに垂れたレジンをきっちりキッチンタオル等で拭きとっておくこと。これを拭きとらずに蓋をしめると蓋のネジ部分から垂れたレジンが押し出されて、ボトルの表面が垂れたレジンでねちゃねちゃになって後悔することになる。

 

さて、うまく造形するための様々なノウハウはたくさん公開されているのでここでは割愛するとして、造形後の後片づけのノウハウを記しておこう。

 

まず、造形が完了して造形ステージが一番上まで上がっていることを確認したら、造形ステージを斜めにしてレジンタンクの上に吊るしておく。ELEGOO MARS PROの場合、このための専用のプラスチック製のパーツがついてくるので楽なのだが、他の機種でも同じような主旨のパーツの3Dプリンタ用のデータが公開されているので、それをさっさと3Dプリンタで作っておくといい。レジンは粘度が高いので、余分なレジンが垂れ落ちるにはかなりの時間がかかる。最低でも30分、可能なら1時間ぐらいその状態で放置しておく。レジンなんかいくらでも買えるぜというお大尽はさっさと洗浄ステップに行ってしまえばいいのだが、この過程はレジンの回収だけでなく、造形ステージを洗浄するまでの間にレジンが垂れたり、大量の未硬化レジンが洗浄液に溶け出してすぐに洗浄液が汚くなってしまうのを防ぐ意味もあるので、お大尽でもやっておいたほうが後の処理が楽である。

 

造形ステージに造形物がついた状態で軽く水ですすいで余分なレジンを洗い落としたら、造形物をステージから剥がす必要がある。大抵の3Dプリンタには金属製のへらがついてくるが、はっきり言ってこれで剥がすのはきわめて難しいし、アルミでできている造形ステージの表面が簡単に傷ついてしまう。そこで役に立つのがニトムズ テープはがしカッターだ。これをステージの造形面にピッタリ沿うようにして前後に小刻みにスライドさせながら造形物の下に滑り込ませると、ステージを傷つけずに簡単に造形物を剥がすことが出来る。ラフトを使わずにステージ上に直接密着するように造形した場合はステージとがっちりひっついてヘラで剥がすのは至難の業だが、このカッターを使えば切断するように容易に造形物とステージの間に刃を割り込ませることができるので造形物自体にも傷をつけずに剥がすことができるはずだ。難点は柄や刃の固定部の強度がそれほど高くないので力を入れ過ぎると刃が取れてしまいやすいところだが、買い直してもそれほど高いものではないので消耗品だと思って使うといい。

 

造形物を剥がし終えたらステージの後片づけだ。水洗いレジンは水に溶けるとはいえ、粘度が非常に高いので水ですすいだだけでは簡単には落ちてくれない。おそらく顔料と分離した樹脂と思われる油のような何かがねっとりと表面に残ってしまう。ここで活躍するのが激落ちくんに代表されるメラミンフォームスポンジだ。これで擦れば、水だけできっちりとレジンを落とすことができる。ステージの造形面は造形物の貼り付きを良くするために細かい凹凸が着けられているのだが、この凹凸に残ったレジンもステージを傷つけずにきれいに落とすことができる。メラミンフォームステージは100均でも買えるので、大量に常備しておいてレジンが吸着して汚れたらどんどん捨てるつもりで使うとよい。

 

造形が完了したタンクには大量のレジンが余っている。これはペンキ用のストレーナーで濾して回収する。ペンキ用のストレーナーはペンキが流れやすいように開口部が大きく採られているので、漏斗などで受けないとこぼれて大惨事になる。回収する容器だが、ある程度3Dプリンタを運用すると当然使い切って空になったボトルが余るので、レジンの色ごとにボトルを一本、回収用のボトルにしておくといいだろう。空になった時にボトルの重量を測っておけば、回収したレジンを次に使う時にボトルの重量を測るだけで造形に必要な量が残っているか確認出来る。ELEGOOの500gのボトルは空だと70gだ。Nalgenの500mlボトルを使っている他のメーカーもほぼ同じ重さだろう。ストレーナーの上でレジンタンクからレジンを注ぎ込むが、当然粘度の高いレジンが大量にFEPフィルム上に残っている。そこで、角が丸められているプラスチック製の柔らかいヘラを使ってFEPフィルムを傷つけないようにレジンをかき集める。結構馬鹿にならない量がこれで追加で回収できるはずだ。本格的な人はレジンタンクを斜めに保持出来るスタンドを造って、最後の一滴までレジンを回収できるようにしているが、ストレーナーで濾し切れずに残る量などを考えればそこまでこだわる必要はないだろう。タンクから垂れ落ちてこない程度まで残ったレジンを回収したら、タンクを水洗いする。この時も活躍するのがメラミンフォームスポンジだ。軽くなでるだけでレジンがきれいに落ちるし、柔らかいのでタンクの隅々までぬぐい取ることができる。特にFEPフィルムとタンクの枠との間にはレジンが残りやすいので、ここは念入りにメラミンフォームスポンジの角などを使って擦るといいだろう。レジンを回収する時に垂れたレジンがタンクの外側にもついていることが多いので、必ず内側だけでなくタンクのあらゆる表面をメラミンフォームスポンジで擦るようにしよう。最後に水できれいにすすいだ後、FEPフィルムが傷つかないようにひっくり返した状態にして乾燥させる。何か縁にかませて少し片側が浮いた状態にしておいた方が乾燥は早いはずだ。

 

洗ったものが全部乾いたら、最後の後始末だ。どれだけ念入りにメラミンフォームスポンジで擦ったとしても、どうしてもほんの少し残ったレジンが乾いてFEPフィルム表面にこびりつく。乾いたレジンをフィルム表面から拭い去るには使い捨てのウェットティッシュタイプの液晶クリーナーが役に立つ。液晶クリーナーにもいろいろなものがあるが、乾いたレジンは水だけではなかなか落ちないので、アルコールと界面活性剤が両方入っているサンワサプライのCD-WT4KSという型番のものを使っている。液晶クリーナーを一枚取り出して、まずは本体のLCDの表面、次にタンクのFEPフィルムの液晶に接する側、そしてFEPフィルムのタンク内側、そして最後に造形ステージの表面を拭いたあと、すべてを本体の所定の位置にセットして次回のプリントに備えれば後始末は完了である。

 

以上、とかく造形物の取り扱いばかりにノウハウの公開が集中しがちな3Dプリンタ業界だが、3Dプリンタの運用の基本となる後片づけに集中してノウハウを公開してみたのだがいかがだろうか。光造形プリンタの運用はレジンを拭ったキッチンタオルのゴミや洗浄した廃液によってとかく汚くなりがちと言われるが、この基本的な後片づけの方法がルーチーン化すれば部屋を散らかすことなくいつでも万全の状態で光造形3Dプリンタを運用することができると思う。